コロナ禍がもたらした心の病
新型コロナウィルスが猛威を振るい、いわゆるコロナ禍をもたらしました。そしてそのコロナ禍が、日本において、在宅ワークというまったく新しい仕事の形を作り出しました。それまでもゼロではありませんでしたが、特殊な職種の人や、病気など何等かの理由により出勤がかなわない人に限られていました。
それが今では就業形態の一つとして確立し、大企業の6割、中小企業の3割が導入しています。特にパソコンがあれば仕事の完結することの多い情報通信産業では、全体の5割の企業が導入していると言われています。
在宅ワークは通勤がないので、就労者にとってはその分、楽です。会社が遠方にある、満員電車に揺られないといけないといった煩わしさから解放されます。また、会社にとっても、ワークスペースを確保する必要がなく、企業インフラの効率化に役立っています。
しかし、その一方で、在宅ワークとなったがゆえに心を病み、心療内科を訪れるようになった人もいます。
そういう人たちを通して見えてくるものが、人と人とのコミュニケーションの問題、時間管理の問題です。この2つの問題は、在宅ワークが一般化する以前には存在していませんでした。ここからは、これらを軸に、問題の本質は何か、どうすれば解決できるのかについてみていきましょう。

在宅ワークに向く人と向かない人
コロナ禍以前は、会社に行くのが当たり前でした。行かない場合は、病気や冠婚葬祭などに限られていました。理由もなく出勤しないのは無断欠勤であり、「社会人としてどうなの?」と周囲から眉をひそめられました。つまり、行かないという選択肢はなかったのです。
その当時、仕事のストレスを訴えて心療内科を訪れる人の中には、仕事自体は問題なくできるのに、上司や同僚との付き合いに心を削られ、会議で緊張し、プレゼンテーションで不安になり、オフィスに大勢の人がいることが辛いと、心の不調を訴えられる人が少なからずいました。そういった人たちは、内向的な性格ゆえにコミュニケーションが上手でなく、それを強いられると多大なストレスを感じます。これは、うつ病や適応障害に至る一つの典型例でもありました。
ところが、コロナ禍となると、こうした方々にとって在宅ワークは、人からのストレスが軽減され、抑うつが軽快されていったのです。人との不本意なコミュニケーションから解放され、むしろ生き生きと仕事をされるようになりました。
一方、これとは逆のことも起こりました。コロナ禍以前、コミュニケーションを取ることに苦痛を感じず、オフィスで生き生きと仕事をこなしていた人が、在宅ワークを強いられるようになると、うつ病を発症するようになったのです。
このような人たちは、性格的に社交的で、周囲と積極的にコミュニケーションを取ります。そして、そのことで心の安定を維持しています。周囲からの助言に耳を傾け、批判を受け止め、自身がどうあるべきかということを、コミュニケーションを通じて確認していたとも言えます。在宅ワークではそれがなくなってしまったため、心の安定を維持できずに、うつになっていったのです。
このようなことから、在宅ワークには向き不向きがある、ということが分かってきます。内向的で、何でも自分で考え自分で答えを出すような人には向いており、社交的で、人とのコミュニケーションを通じて自身のありようや、方向性を決めるような人には向いていないようです。自分がどのタイプかを把握し、適切な職場環境を選ぶことが重要です。

「在宅ワークの沼」に気をつけましょう
これは、最初に記載致しました時間管理に関する問題です。出勤と在宅では何が違うのか、当然いくつかありますが、「タイムカードを打つ」という行為のあるなしが大きいでしょう。もちろん、在宅ワークでもパソコン上でデジタルのタイムカードをクリックするというのはありますが、ここでいう「タイムカードを打つ」とは、定刻に起床し、通勤し、会社の建物に入るという行為までを含みます。
この一連の行為は、「さあ、これから仕事だ」と、時間に明確なメリハリをつける儀式としての役割を果たしています。退勤も同じで、タイムカードを打ち帰宅する行為は、仕事時間の終了となっています。つまり、私たちは、タイムカードによって、仕事のオンとオフの時間を管理しているのです。
この管理が、マウスをクリックするだけのデジタルタイムカードでは上手く機能しません。すると、仕事に没頭すればするほど、業務量が多かれば多いほど、つい時間を忘れて仕事をしてしまいがちになります。特に、几帳面で真面目、完璧を目指そうとする人ほど、その度合いが強くなります。
在宅ワークではうるさく言う人はいませんが、「そろそろ休んだらどうですか?」と忠告してくれる人もいません。全てが自身の欲求と最良に任されてしまうので、歯止めが効かなくなる人も見受けられます。その結果、過重労働となり、抑うつ、不眠、頭痛など、心身の不調を来すことになります。余りに忙しいと、その不調にさえ気がつかず悪化させていきます。これが、「在宅ワークの沼」です。コロナ禍、在宅ワークが始まって暫く経った頃、心療内科の待合室は、こうした方々が一気に増えました。

「時間に管理される」から「時間を管理する」へ
出社という選択肢しかなかった時代、私たちはタイムカードを押すことを通じて仕事のオンとオフを無意識のうちに区別していました。それだけではなく、昼休みが来れば仕事の手を置いて昼食を食べる、会議の時間が来れば会議室に向かうといったように、オフィスというプラットフォームの上で時間に管理されていました。
しかし、在宅ワークではこのプラットフォームが存在せず、タイムカードを押すという行為もオンとオフを明確に分けてはくれず、もはや時間はあなたを管理してくれません。それが、「在宅ワークの沼」に繋がります。
これを防ぐために、在宅ワークにあって、私たちは「時間を管理する」という概念を強く持つ必要があります。
方法はいくつかあるでしょう。例えば、学生時代に使ったような時間割を作成し、それに沿って行動します。中々一人では自身の欲求の方が勝ってしまい、設定した時間通りに行動出来ない場合は、家族や同僚とそれを共有し、声掛けをしてもらうのも良いでしょう。スマートフォンのアラーム機能を利用するのも良いでしょう。
オフの時間をいかに過ごすか、どう設定するかも重要になってきます。
仕事しかやることがなく、休日は寝ているばかりであったり、引きこもりのような生活を強いられている…等といった人では、徐々にフラストレーションがたまってしまいます。これを避けるためには、オフの時間に何をするか、積極的にマネジメントする必要があります。ジムに通う、友人と会食する、旅行に出掛ける、美術館に出かける、映画を見に行く…等々、何でも構いません。やるべき何かを積極的に作り、時間枠に組み込んでいきましょう。
在宅ワークでは、比較的時間に融通が利くものです。自由な時間をおおいに利用し、楽しい時間を演出し、在宅ワークが味気ないものにならないようにしましょう。

ワークスペースに「着替え」をさせてみる
オンとオフのめりはりを積極的につけるのはスケジュールだけにとどまりません。在宅ワークの場である自宅、自室にも上手に変化をつけましょう。
例えば、昼休みの時間が来たのにワークスペースである自室で過ごすというのは避けたいものです。そこは気分を変えてリビングで過ごす、散歩に出掛けるなどの工夫をしたいものです。
とは言え、ワンルームのマンションやアパートで仕事をされているビジネスパーソンも沢山いることでしょう。そういう場合には、時間によって自室に変化をつけることをお勧めします。
これも方法はいくつもあるでしょうが、例えば、仕事中はカーテンを閉め、照明を暗くする。でも、昼休みにはカーテンを開け放ち外の空気を入れ、照明も明るくするなど如何でしょうか。
定期的に部屋の模様替えをするのもよいでしょう。こまめに掃除をするのもお勧めです。何故なら、部屋の汚さと抑うつの度合いには相関があるという報告もあるからです。掃除をして部屋を清潔に保つことは精神衛生上とても大切なことです。
デスクを2つ用意し、仕事専用とそれ以外に分けるのもメリハリに繋がります。仕事が終われば音楽を流す、アロマを焚く、照明の色を変えるなども手軽に出来ることでしょう。
こうして、物理的に、五感に訴える形で部屋に変化を取り入れることで、味気のない、仕事をするだけの自室を魅力的な場に変えることができるのです。

家族とは「敢えて距離を取る」ことも大事
家族と同居している方の場合、在宅ワークではその距離が近くなります。それは悪いことではありませんが、ともすると近くなり過ぎてしまいます。
在宅ワークを始めた当初は、配偶者や子どもと密に接することのできる時間を楽しめたりします。しかし、時間が経つにつれ、家族個々の生活のペースがぶつかり合い、軋轢を生じてしまうことがよくあります。
仕事に取り掛かろうとする来客がある、ゴミ出しを頼まれる、大事な会議の最中に子どもがまとわりついてくる…等といったことはよくある光景です。配偶者が専業主婦である場合、パートナーが常に家にいる状況は、やらなければいけないことが増えて大変です。朝食の準備だけでよかったのが、昼食も作らなくてはならなくなったり、洗濯や掃除の手間が増えてしまったり…。そういったことで徐々に不満が蓄積していきます。
共働きで、配偶者も在宅ワークである場合はなおさらでしょう。互いに仕事のある身なのに家事もしなければなりません。互いに押し付け合い、険悪な状況になっていくというのはよくあることです。
これを避けるためには、まず、家族の距離が継続的に近過ぎるのはストレスになるということを理解することです。その上で、敢えて距離を取るようにしましょう。
具体的には、仕事はカフェや図書館でやる、ジムに行くなどの外出の時間を作るなど、自身が家族の負担にならないおうに配慮しましょう。積極的に家事を分担することも必要です。
そういう意味では、むしろ会社に出社している方が楽なのかもしれません。仕事と生活の切り分けが完全に出来ているからです。その境目が曖昧となる在宅ワークでは、出社していた頃以上に家族への配慮が不可欠となるのです。

当院では、適応障害をはじめ、
うつ病、躁うつ病、不安症、自律神経失調症、
睡眠障害(不眠症)、パニック症、強迫症、
月経前症候群(PMS)、統合失調症、摂食障害、
大人の発達障害(ADHD、自閉スペクトラム症)、
過敏性腸症候群、更年期障害、心身症など、
皆さまの抱えるこころのお悩みに対して、
心身両面からの治療とサポートを行っております。
監修者:
新宿ペリカンこころクリニック
院長 佐々木 裕人
資格等:精神保健指定医、精神科指導医・専門医
所属学会:日本精神神経学会
参考引用文献:森下克也著『「月曜の朝がつらい」がなくなる本』


