結婚を境に変化するASD
カサンドラ状態(カサンドラ症候群)に陥った人は、「どうしてこの人を伴侶に選んでしまったのだろう」と、後悔することもあるでしょう。しかし思い返してみると、恋愛をしている時は、とても魅力的な人だったはずです。
ASD(自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群)の男性は恋愛をしていく時、多くは情熱的で女性に尽くしてくれます。記憶力がよく、誕生日や記念日にはプレゼントを欠かしません。後から思い出すと、彼なりのこだわりがあるプレゼントでいつも同じものだったりするのですが、その時は特別な存在に思えたのです。
気持ちを表すためのプレゼントは有効だと知っているので、そのためにはその人が一番欲しいものをあげたいと思うのかもしれません。「これをあげると喜んでくれる」という成功体験が、また同じ物を贈ることになったりします。
しかし、ASDの男性は結婚をすると大きく2つに分かれます。一つは関係性が変化することを受け入れられず、恋人同士のままのパターンであり、もう一つは婚姻届が提出され正式に夫婦になると、それまでとは全く違う態度を取るパターンです。どちらも、パートナーをどのように捉えたかによって決まります。もしかすると、恋人との結婚なのか、社会的に結婚をするのかの違いなのかもしれません。
恋人同士のままの場合は、パートナーを「恋人」として認識したことが変化しないままなので、いざ子どもが出来ると問題が生じます。夫にとって妻は恋人である、子どもの母親ではないのです。夫は恋人を子どもに取られたことにショックを受け、子どもをライバル視します。妻に「自分と子どものどちらが大事なのか」と迫る人も珍しくはありません。こどもはいらないという人もいます。また、妻が子どもに愛情を向けることを制限したり、子育ての手伝いは全くしてくれず、妻はひとりで子育てをしているような孤独な気持ちになります。
一方、夫婦となった途端に態度が変わる夫は、結婚後は妻を他者として認識しなくなるようです。ASDの人は無駄なことが出来ません。結婚したのですからこれまで妻にしてきたこと、言ってきたことを全くしなくなります。妻の行動に対して厳しく、自分と同じルールを守らせる人もいます。彼らにとって、もはや妻の気持ちを配慮する必要はないのです。そのため会話もなくなり、むしろ独りでいたがり、妻は孤独に陥ります。妻からの否定は裏切りになります。時には暴言や暴力があることもあります。
ASDの男性との結婚は、恋愛の時は熱愛されるので、周囲からは「自分が選んだのだから」「そこが好きだったんでしょう」と言われてしまいがちです。しかし、愛した人とこれほど気持ちがすれ違い、一緒にいるのに孤独になることなど、誰にも理解してもらえなかったのです。

ASDの人の不安を解消する“可視化”
ASDのパートナーを持つ人の悩みに「行動を監視されているようだ」というものがあります。仕事中でも、休みでも一緒に行動をしていないと「今日は何をしているの?」「いまどこにいるの?」等と四六時中、電話やメール、LINEが届き、気が休まらないということはよく聞かれます。あるいは、こちらの状況に関係なく、パートナーの都合で突然「~~をしろ」「あれはどうなっている?」と言われることもあります。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。
ASDは「イマジネーション(想像力)」「社会性」「コミュニケーション」の3つの領域に困難を持っています。イマジネーションに困難があると、自分から見えていないところにいる相手が何をしているのか、あるいは自分の言葉の効果や結果を想像することが難しいのです。本人には監視している等という意識はありません。ただ、パートナーが何をしているか分からないので知りたがったり、パートナーにも都合があるとは考えられずに自分の用事をして欲しかったり、分かっているはずだと思い込んでいたりするのです。
では、どのように対処したら良いのでしょうか。どうしたらASDのパートナーに安心して貰えるのでしょうか。
何度も訊かれることのないように、前もって予定を伝えておくことも有効だと思います。しかし、いくら事前に口頭で予定を伝えても、聞いていないようなことはよくあります。彼らはどちらかというと聴覚的な情報が苦手です。
基本は、具体化、可視化です。予定、つまりこちらの行動を得に見える形にしておくことが重要です。パートナーからよく見えるところにあるカレンダーにスケジュールを書き込んでおいたり、毎日決まった時間に予定を連絡したりすることも、安心に繋がります。繰り返しになりますが、ASDの人はイマジネーションが苦手なので、時刻表のように、どこにいて何をしているのか、具体的に可視化された連絡(LINE等)やスケジュール表を持っていることに安心するのです。

カサンドラ状態に陥りやすいパターンとは?
パートナーがASDであると、必ずカサンドラ状態になるということはもちろんありません。多少の苦労はあってもカサンドラではないこともよくあります。では、カサンドラ状態(カサンドラ症候群)に陥りやすいパターンはあるのか考えてみましょう。
経済力は大きな要因の一つです。ASDの夫は往々にして皆勤勉で、よく働かれるので、高収入な方も多いのです。稼いでくる自分を非常に重要な人物だと主張しますが、妻が専業主婦であったとすればなにもせずただ消費する存在として低く評価するかもしれません。家事も育児も「昔から皆やっていること」と捉え、日頃の感謝どころか苦労を分かち合おうという共感もなく、妻からの子育ての相談や愚痴をむしろ自分への攻撃ととってしまうこともあります。このパートナーに全く理解されない状態がカサンドラ状態と言われるものでしょう。
しかしかつては、夫は外で黙って働き、妻は黙って家事や育児を担うという夫婦の役割分担は、どこの家でも当たり前のものでした。海外においても、特に米国ではそうだったのです。このような伝統的な関係では経済を担っている夫が決定権を持ち、妻が従うということはごく一般的であったのです。カサンドラ状態が周囲からあまり理解されないのは、この伝統的なパターンととても似ているからです。妻の実家がそのような価値観の場合、そのパターンに陥りやすいと言えるかもしれません。
但し、ASDの夫との結婚が伝統的役割分業に陥りやすいのには、その特性にも理由があります。収入は目に見える数字なので、ASDの人たちは自分の価値を具体的に感じることが出来ます。一方、家事や育児にはお金が掛かるばかりで、その価値を感じにくいのです。また、自分が外で仕事をしている間に妻が家事や育児をしている様子を想像することが苦手です。
では、妻が専業主婦ではなく仕事を持っていたらどうでしょうか。フルタイムではないにせよ、パートタイムで働いている妻は多くいます。その場合、社会という彼らに分かりやすい世界を共有できるので、妻を尊重しやすくなるようです。しかし、妻の働きを数字で評価し、「多くお金を持ってきている方が上」と主張したり、妻が働いた分給料を渡し渋ることもあります。
どんな夫婦でも対等であるためには、妻がフルタイムで働く方がよいことは、多くの研究が示しています。伝統的夫婦観を持つ女性は、対等を少し意識する必要があるのかもしれません。しかし、ここで重要なのは、ASDの夫の場合、夫のお金に対する極端なこだわりは、具体的な数字にリアリティがあることや、目に見えない他者の労苦を想像するのが苦手な特徴が関係しているということです。つまり、わからないことが問題なので、合理的な説明があり納得さえずれば、非常にリベラルな人もむしろ沢山いるのです。

夫に受診を促すべきでしょうか?
ASDのパートナーの「共感性の欠如」により、精神と身体にダメージを受ける二次障害がカサンドラ状態とされています。成人のASDの診断は「児童発達障害外来」「発達障害外来」などで受けることができます。「精神科」においても扱っているところもあります。
妻の気づきから夫に受診を促す場合は、却ってそれがご夫婦の問題になったり、夫が仕事の意欲をなくしてしまったりすることがあります。また、受診をした医療機関が大人の発達の問題に詳しくない場合など、診断に至らないこtもあります。加えて、発達の問題は、特性の有無とそれがどの程度生活を困難にしているかによって総合的に診断されます。特に以前は、社会と家庭の両方で障害がある場合にのみ診断としていましたので、社会的に適応していれば、妻からは特性が認められるのに、診断に至らない場合が少なくないのです。これまでパートナーが発達障害を否定的なものと捉えていて、結局診断がつかない時には、受診を促したこと自体を被害的に受け取ることもあるのです。
しかし、パートナーが診察や診断を拒否したり、診断結果が出なかったとしても、ご自身がパートナーの特性で悩まれているようなら、是非ご相談してみて下さい。その時には、発達障害について詳しい専門機関であることはとても重要なことです。
例え、パートナーが直接診察を受けて、ASDであると診断されたとしても、その後に治療を行っていかなくては、パートナーの態度や行動の変化には直ぐに繋がらないものと考えた方が良いでしょう。もしもこの時、パートナー本人が何かしらの生きづらさや、お困り感があったとするならば、一緒に努力するチャンスかもしれません。ただ一方的に決めつけると、落ち込んだり、引きこもったり、仕事が続けられなくなることも多いですし、あるいは診断を逆手にとって、妻への情緒的な配慮を全面的に放棄することさえあります。
パートナーがASDであると診断されることは、一番身近で親密であるべき存在が情緒的な関わりや、相手の気持ちの理解が苦手で、コミュニケーションが苦手なのだということを明確にしてくれます。診断は、これまで「男はみんなそうよ」とまるで我が儘であるかのように言われてきた状況の特殊さを明確にしてくれます。周囲にこの特別な苦悩を理解されるための一歩を踏み出すキッカケになります。ASDのパートナーからみても、これまで理解されなかった自分の行動の意味をパートナーに分かってもらうキッカケになるはずです。そしてお互いが、これまで自分たちにはあって、相手にないとは思っていなかったとや、自分にないために相手にあっても見えなかった部分を見つけていくキッカケになることでしょう。

このコラムを読まれまして、気になる点がありました方や、
興味・関心を抱かれた方は、どうぞ当院まで、
お気軽にお問い合わせください。
当院では、
睡眠障害(不眠症)、不安症、うつ病、躁うつ病、適応障害、
強迫症、摂食障害、月経前症候群(PMS)、統合失調症、
過敏性腸症候群、自律神経失調症、心身症、パニック症など、
皆様の抱えるこころのお悩みに対して、
心身両面からの治療とサポートを行っております。
当院では、ご希望の患者様に、ウェクスラー成人知能検査(WAIS)を施行することが可能な医療機関となっております。
監修者:
新宿ペリカンこころクリニック
院長 佐々木 裕人
資格等:精神保健指定医、精神科指導医・専門医
所属学会:日本精神神経学会
参考引用文献:『旦那さんはアスペルガー 奥さんはカサンドラ』


